兵庫県宝塚市の『はんしん自立の家』さまにて、ピアニスト湯口紗世さんとクリスマスサロンコンサートを開催させていただきました。
『はんしん自立の家』は制度上は社会福祉施設で、イギリスのチェシャーホームの理念を受け継ぎ、障がいを持つ入居者が地域の中で、精神的に自立して日々の生活を送る場として運営されています。また、ショートステイ制度を活用したレスパイトサービスも行われ、障がいを持つ方とその家族にとってのリフレッシュの場になっています。 音楽療法や音楽教室、コーラスなどのプログラムを通して入居者の方が音楽に親しむ機会があるほか、プロを招いての絵画、書道、陶芸、華道、音楽、短歌などの文化教室も盛んで、入居者の方が"ほんもの"に触れられるように、スタッフの皆様が心を砕いておられます。
過去には五嶋みどりさんが演奏に訪れられたほか、日野原重明先生も音楽療法セミナーを開催された場所でもあります。
今回はコンサート会場に足を運ぶことが困難な入居者の方のために本格的なコンサートを、とのことでお声がけ頂き、あえてレクリエーションを混ぜないリサイタルプログラムを組ませていただきました。(入居者の方対象のクローズド演奏会)
今回ご一緒したのは淡路島ご出身、関西を中心に大変ご活躍のピアニスト、湯口紗世さんです。
プログラムは私たち2人が最も弾きたいと思ったソナタである、シューマンのバイオリンソナタ第1番を中心に決めました。
-プログラム- ●ドビュッシー
月の光
アラベスク
亜麻色の髪の乙女 (duo)
●シューマン
ヴァイオリンソナタ第1番(duo)
-休憩-
●シューマン
3つのロマンス作品94より第2曲 (duo)
●リスト
メフィストワルツ第1番「村の居酒屋での踊り」
愛の夢
●サティ
おまえが欲しい(ジュ・トゥ・ヴー)
●エルガー
愛の悲しみ (duo)
愛の挨拶(duo)
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シューマンのソナタは、私が大学に入り初めて"室内楽とは何たるか"を学んだ思い入れのある曲であると同時に、聴くことも弾くことも最も大好きなソナタの1つです。 というのも、シューマンの半音の使い方、ダイナミクス記号、アクセントの使い方には、どうしてもドキドキさせられてしまうんです。
楽譜通りに弾くだけで、心が動くように書かれている、魔法のような作曲家のソナタだね、という話を紗世さんと合わせの中でしていました。
妻のクララへの愛がまず第一にあり、それが故にドキドキして胸が高鳴ったり、気持ちが常に先走ってしまったり、狂気じみていたり、ハッとしたり、しゅんとしたり、不安がったり、キュンとしたり。
だれかの人物の感情を想像せずにはいられず、演奏する度に色々な発見があるソナタです。
自分の心を、紗世さんと通じ合わせながら自由に解放させてくれるソナタに、久々に取り組むことができ幸せな時間でした。
このシューマンのソナタのみならず音楽というものに対するの私たち演奏者の愛、クララへのシューマンの愛を手がかりに、プログラムの組み立てで色々な形の愛を表現することをテーマにしました。
ちょっぴり切ない愛、包み込むような愛、今をただ愛しく思う気持ち、遠くにいる憧れの存在を思慕する気持ち。
クリスマスコンサートとのことで、シューマン『3つのロマンス作品94』も。これはシューマンによる、妻クララへのクリスマスプレゼントの曲です。旋律といい、展開といい、ワクワクする感じといい、どこか確かにクリスマスらしさを感じさせるよね、と紗世さんと話していました。
シューマンは生真面目なドイツ人で、内向的で繊細な感性を持った作曲家であり、ピアニストでもありました。徐々に精神が蝕まれていき、最後には躁うつが悪化し自殺未遂の末、1856年に精神病院で亡くなりました。
『3つのロマンス』は同じくピアニストであったクララと幸せな結婚生活を送っていつつも精神状態が悪化しつつあった1849年、クララへのクリスマスプレゼントとしてオーボエ用に書かれました。哀愁が漂い、とある人間の心の移ろいが内面的な歌のように表現されている第1曲、穏やかながらも、常に気持ちがここにあらず先走ってしまう焦燥感が投影されている第2曲、内面的な逡巡と、外への気持ちの解放が交互に移り変わる第3曲からなります。
ロマンスが意味するのはまさに叙情的な内容の声楽曲であり、シューマンの内なる心の声をお楽しみ頂きたいと思います。 (2021年 小林香音・小林絵美里・多川響子『こころほかほかコンサート』曲目解説より)
施設の入居者の方々は全身で演奏を受け止めてくださり、終演後喜びを思い思いに表現してくださいました。愛を受け取って頂けていたらいいなと思います。
最近、改めて表現することの喜びを感じています。
楽器を弾いて、自分の心を解放し、理性も重視しつつも自分の感じることと音の性質に向き合う作業を通して、
音楽は私自身の心が"生きる"場所であり、自分がどんな人間で何を感じるのかを知る場所だと思います。
この音を出したい、こういう音楽がしたい、表現したい、という気持ちがあれば演奏者として永遠に現役でいられるから、という私の尊敬する師匠からの言葉を胸に、自分の無形の表現が聴いてくださる方の心に届くことを願いつつ、今後も演奏を続けます。
貴重な機会をくださった『はんしん自立の家』のスタッフの皆様、運営してくださったサロン・コンサート協会さま、共演の湯口さんに感謝申し上げます。