2021年10月31日、東京都・港区立高輪区民センターにて、妹・小林絵美里とピアニスト多川響子先生とのトリオ公演を行いました。(演奏会記録はこちら) 曲目解説をここに転載します。(文責:小林香音)
~曲目~
シューマン:3つのロマンス作品94
ベートーヴェン:ヴァイオリンソナタ 第5番「春」 ヘ長調 作品24
ヘンデル:2つのヴァイオリンとピアノのためのソナタ ト短調 Op.2-6
ワックスマン :カルメン幻想曲
サラサーテ:ツィゴイネルワイゼン
ショスタコーヴィチ:2つのヴァイオリンとピアノのための5つの小品
●シューマン:3つのロマンス作品94 シューマンは生真面目なドイツ人で、内向的で繊細な感性を持った作曲家であり、ピアニストでもありました。徐々に精神が蝕まれていき、最後には躁うつが悪化し自殺未遂の末、1856年に精神病院で亡くなりました。
『3つのロマンス』は同じくピアニストであったクララと幸せな結婚生活を送っていつつも精神状態が悪化しつつあった1849年、クララへのクリスマスプレゼントとしてオーボエ用に書かれました。
哀愁が漂い、とある人間の心の移ろいが内面的な歌のように表現されている第1曲、穏やかながらも、常に気持ちがここにあらず先走ってしまう焦燥感が投影されている第2曲、内面的な逡巡と、外への気持ちの解放が交互に移り変わる第3曲からなります。ロマンスが意味するのはまさに叙情的な内容の声楽曲であり、シューマンの内なる心の声をお楽しみ頂きたいと思います。
●ベートーヴェン:ヴァイオリンソナタ 第5番「春」 ヘ長調 作品24
誰もが知る偉大な作曲家ベートーヴェンは昨年生誕250周年を迎えました。鍵盤楽器が主体でヴァイオリンは脇役だった室内楽を、ベートーヴェンはヴァイオリンとピアノを完全に対等にして交互に主旋律と伴奏を割り振り、ヴァイオリンソナタという形式を確立した点においても功績があります。
この曲は1801年、彼が32歳頃の、いわゆる「傑作の森」と評される充実した時期に作曲されました。しかしこの頃には持病の耳硬化症(と言われています)による難聴が急速に悪化しており、翌年には「ハイリゲンシュタットの遺書」を書くまでになっていました。実はこの第5番は、彼としてはヴァイオリンソナタ第4番とセットで発表する予定でしたが、出版社の都合で別々に販売されました。第4番は怒っているかのようで、前への推進力も強く、和音の移り変わりが全面に聞こえてくる曲ですが、第5番は対照的に爽やかかつ穏やかで、メロディが引きたたされるように書かれています。
この曲の有名な通称「春」は彼の死後付けられたものです。私のイメージは春というよりはどちらかと言えばちょうど「秋」の始まりです。涼しく爽やかですっと体を通り抜けていくような心地よい風を、どうぞお楽しみ下さい。
●ヘンデル:2つのヴァイオリンとピアノのためのソナタ ト短調 Op.2-6
ヘンデルが活躍した18世紀においては、音楽は宮廷で貴族や国王の楽しみの為に量産され、諸行事でのバックミュージックの役割も担っていました。ヘンデルはもともとハノーファー選帝侯の宮廷楽長で、後にイギリスに活躍の地を移し、英国王室に仕えました。生前から高く評価されていて人気の作曲家でした。ヴァイオリン2台と鍵盤楽器という編成はかなり珍しいですが、ヘンデルはこの編成で多く作曲し、今回演奏する曲もトリオソナタ集の中の1曲で1719 年に書かれました。第1楽章前半はしっとりとした曲調で、時に楽器間で音がぶつかったり、同調したりと、まさに会話しているかのような曲です。
第1楽章の後半部は第2ヴァイオリンが音楽の縦線を強調するような旋律を奏でて始まる、快活な楽章です。第2楽章は心落ち着くような楽章です。静かで、一瞬ずつの音の響きを楽しんで頂きたいと思います。第3楽章は打って変わって非常に明るく、音数が多く華やかな楽章です。当時の最先端の曲として、貴族たちもきっとこの曲が持つグルーヴ感に魅了されていたのでしょう。腰を深く落ち着けて楽しんで頂けますと幸いです。
●ショスタコーヴィチ :2つのヴァイオリンとピアノのための5つの小品
ショスタコーヴィチはソ連の体制との葛藤の中に生きた作曲家で、彼の弦楽四重奏曲や交響曲などの作品からは重苦しい暗さ、陰鬱さ、激しさが感じられます。当時芸術は社会主義のイデオロギーに従うべきとされ、表向きは迎合するようでも、何とか自分の名前を曲中に自身の名前のイニシャルの音をテーマにするなど、皮肉を込めて抵抗した作曲家です。しかし彼は映画音楽も多数担当し、ジャズやポップスを愛する一面もありました。
この小品集では、音楽そのものの美しさを純粋に楽しむことができます。映画音楽から抜粋し、5つの小品として、2台ヴァイオリンとピアノで演奏できるように友人のアトブミヤンに編曲してもらったものです。「前奏曲」はロシアの哀愁と、ウィーンの陽気さの境界線を行き来する優美なメロディです。「ガヴォット」(フランスの宮廷舞踊)と「エレジー」(哀歌)はいずれも喜劇からの抜粋です。ガヴォットは、笑い声やしゃっくりが聞こえてくるような楽章で、エレジーは平穏で美しくスウィングするような楽章です。「ワルツ」では、軽やかかつ哀愁を帯びた、流れるようなダンスが表現されています。最後の曲の「ポルカ」では、息つく間もなく踊るような快活なリズムが特徴的です。
● ワックスマン :カルメン幻想曲
ビゼーによる歌劇『カルメン幻想曲』の劇中曲を引用して、ヴァイオリン用に編曲した作曲家は3人います。サラサーテ、フバイ、そして今回演奏されるワックスマンですが、ワックスマン版こそ、最も演奏家にとって技巧的な技術が要求される曲です。ワックスマンはアメリカの映画音楽の作曲家で、この曲は自身が制作した映画『ユーモレスク』で登場人物のヴァイオリニストが演奏する曲の中の一つであり、ヴァイオリンの名手・ヤッシャハイフェッツを想定して書かれました。音域を縦横無尽に駆け巡ったか思えば、甘く柔らかいメロディが現れるなど、非常に表情豊かな曲です。皆さまもお馴染みのスペインのフラメンコのリズム、有名なオペラの一節を心の中で追いながら、是非お楽しみ下さい。
● サラサーテ : ツィゴイネルワイゼン
スペインの作曲家であったサラサーテが1878年に作曲した、ヴァイオリンのヴィルトゥオーゾを代表する曲です。サラサーテは非常に優れた技術と音楽性を持ったヴァイオリニストでもあり、彼の最も有名な作品であるこの曲でも余す所なく表現されています。ヴァイオリンの魅力を熟知したサラサーテだからこそ、作曲においても多様な音色を引き出すことができたのでしょう。題名「ツィゴイネルワイゼン」は”ジプシーの旋律”という意味で、ハンガリー民謡を組み合わせて作曲されています。冒頭の悲劇的で雄大な響き、ジプシーが放浪するかのような哀愁を帯びたメロディ、非常に速く激しく技巧的なパッセージを通して、ヴァイオリンで可能な様々な表現をお聴き下さい。今回は特別に2台ヴァイオリン用に編曲したものをお贈りいたします。